Vol.11 カメラを通して、“豊かな世界”と向き合う 是枝裕和 客員教授 映画監督が語る、「映像を作る姿勢・見る姿勢」 身の回りに日々あふれている「映像」。私たちは何気なく映像を眺め、それに慣れ、その製作者の姿や世界観まで、感じきれていないのかもしれません。私たちはどのような姿勢で映像と向き合えばいいのでしょうか。映画監督として世界的な評価の高い是枝裕和 客員教授が語ります。

世界の豊かさに気づくために、カメラを使う

もともと映画が好きで、学生時代はひたすら映画館に通っていました。趣味の延長としてテレビのドキュメンタリー番組制作に携わることになったのですが、実際に作ってみると面白かったのです。

制作に魅力を感じた理由は、自分が知らないことを知ることができる、ということです。生活をしている人や社会の現実と向き合い、取材することで、頭の中だけで考えていた固定観念や先入観が壊れていく、ということが非常に刺激的でした。自分が思っている以上に、世界が複雑で豊かであることに気づく瞬間が多くあったのです。

映像の専門学校では、学生に対して「映像は自己表現」と言って「自分らしさ」にこだわらせることが多いように思います。しかし、40歳にもなると、「20年ぐらい生きてきた若者の自分らしさなんて、たいしたものじゃない」と思いますよね。それよりも、世界の豊かさにどう向き合うか、それにどう気づくか、そのためにカメラを使っていく、という姿勢がいいのではないかと思います。

“問い”を解きながら進めていく
ドキュメンタリー制作

ドキュメンタリー制作では、取材を通して生じるさまざまな問いを、カメラを使って解き明かしながら進めていくことが基本です。

かつて、医療ミスによって記憶障害となった男性とその家族を取材したことがあります。目の前に現れたご本人の混乱ぶりは、想像とは全く違っていました。
2時間すると、それ以前の記憶が全部消えてしまうので、取材しているうちに取材という状況がわからなくなり、目の前で話している僕のことを確認し直したり、「ぼくは退院してどれくらい経つの?」と奥さんに確認を始め、「退院してから2年よ」と言われて泣き出してしまったり…。そんなことが1日のうちに5回ぐらい繰り返されるわけです。

とはいえ、2時間以内の話であれば理路整然としていて、普通の人に見えるのです。一日の取材を終えてまずは、「この症状をどのようにして伝えるか」という、方法論的な問いが生まれました。
そして、記憶障害に関する医学的な問い、医療ミスに関する社会的な問い、家族の支え方、受け止め方は?など、新しい問いが次々と湧きあがってきました。

作り手がそうした問いを解き明かしていく思考のプロセスを、映像を見た人に辿り直してもらう。それが結果的に番組の構成につながります。作り手のものの見方みたいなものに触れてもらうことによって、見た人の思考がひとつ深まる。そのことが大切だと思います。

作品に向き合う姿勢を考える

日本においては、ドキュメンタリーや映画作品を、メッセージを受け渡すための器だと思っている人が多いように思いますが、映像作品は、作り手の自己表現やメッセージの伝達が主な動機・目的で成り立つものではないと思っています。

小・中・高校の教育を振り返って思うのですが、例えば国語の授業では、「作者のいいたかったこと」ばかり追及しがちです。私たちは、作り手の伝えたかったことを常に要約をさせられ、きちんと「作者のメッセージ」を受け止められたかどうか、「答えあわせ」を求められてきました。

一方、海外では、受け手として「正解」を出すことにはほとんど無関心で、自分が作品と接してどう感じたのか、どのように心が震えたのか、を重視します。

世界の豊かさと出会う道具として目と耳があるわけで、それを駆使して、作り手は作品を作っている。その豊かさを感じようとする姿勢が、作品に向き合う姿勢としては、より成熟したものだと思います。作品を見る目をどう養うか、作品をめぐる言葉をどう成熟させていくか、本当は小学生のときから育んでいくべきことだと思います。

作品の奥にあるものを感じ取ることが大切

作品の豊かさ、その向こう側にある世界の豊かさを感じ取るために、まずは多くの作品を見てほしいと思います。そして、このカットのこの言葉はなぜこうなっているのか、どんなことを考えて編集しているのか…といったことを意識し、よく考えてみる。

映像の背景で作者がどのような作業をしているのか、ということに想像力を働かせ、表現されていないものを感じる、“行間を見る”力を養ってほしいと思います。それと同時にやはり、映っているものを精緻に見る、という姿勢も大切なのです。

目に見えないものが作品の中から“見えた”瞬間は、とてもわくわくします。それは、感動するということですから。感動と言ってしまうと陳腐ですが…、わくわくすることは、とても大切なことだと思います。

受験生へ一言!
就職難なので、大学生活や講義自体が、資格や功利を目的とされやすい時代ですが、教養とはそのような態度からは生まれません。僕は、大学とは、直接的には役に立たない豊かな教養を育む場所だと考えています。
今年で5年目になる僕の講義も、そのような豊かさを目指したものです。

略歴是枝 裕和 客員教授映画監督・テレビディレクター
1987年早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出。監督として初の映画『幻の光』(95)が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞して注目される。以降の監督作品も、いずれも国内外で高い評価を得ている。

主な作品(映画) 『幻の光』(95)、『ワンダフルライフ』(98)、『誰も知らない』(04)、『花よりもなほ』(06)、『歩いても歩いても』(08)、『空気人形』(09)ほか。
主な作品(テレビ) 『記憶が失われた時』(96)、『私がこどもだった頃』(07)、『あの時だったかもしれない~テレビにとって「私」とは何か~』(08)ほか。
担当科目 専門特殊講義III「映像論」

是枝裕和 客員教授

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